医療法人歓喜会

初老期整形外科医のリハビリ感

整形外科 医師 大向 孝良
〜時代の進歩により得られたもの失われたものから顧みて〜

古い研修医時代の話である。整形外科的代表疾患であった小児股関節脱臼は、壮年期に至ると、二次性変形性股関節症の進行期となり、痛みの為に日常生活に支障を来たすので、積極的な加療を求められる事が多い。

当時、その治療方法は手術であり、矯正骨切り術や関節形成術の創意・工夫の全盛時代であった。いずれの手術も“骨切り”が基本となる為に骨癒合の見透しがつくまでは、術後のリハビリテーションが大切であり長期間の入院が必要であった。
手術は、熟練した先輩が最善を尽くした。手術が成功しても、術後成績に影響するリハビリテーションは、現在のような充分な制度が整っていなかったので、受持医である自分の役目であり、責任感を教えられた。

手術後のつらい痛みを共感しながら、少しずつ訓練を進めていく。過去の自分の限られた痛みの体験から、想像しながらコーチングしていた。しかしながら、術後の痛みが予想以上に強い場合は、本当に「術前の痛みより楽になるのでしょうか?」と患者は不安を募らせる。
外科的処置というのは、切られた骨や筋肉が至適な位置関係を保って癒合し、それぞれが固有の機能を発揮できるように、新たな構造へメスを用い、内固定を併用して設定しているにすぎない。術後の疼痛が苦痛となるが、相互の円滑な動きを再び取り戻せるようになってから、関節機能が手術前よりも改善されてくる。
これを理解してもらう為には、例え話として、メスを入れられた生きた骨や筋肉は、当分、骨肉の争いを起こすだろうが、時間をかければ、互いの間には潤滑油としての滑液膜も形成されて、痛みも軽減していくであろう。まるで、医師と患者の信頼を基に互いに親しくなっていくと、摩擦や溝が解消されてくる人間関係の構築と似たようなものであるとして説明してきた。
手術操作によって傷ついた組織相互間に運動療法によって生ずる摩擦や炎症の緩和のためには、消炎鎮痛剤等を用いつつ頑張り続けてもらった。
リハビリテーション期間は、苦痛と不安の長いトンネルである。希望を持ち続け、モチベーションを高められるように、またこの痛みは必ず乗り越えられるものであると、患者に説明する事例として、陣痛の痛みや成長痛を引用した。

これらの痛みと同様、術後に新たに傷害を生じて経過が悪くなっているのではなく、順調に経過していても生じるものであることを納得してもらいながら、リハビリテーションを継続した。
繰り返される肉体的苦痛も機能回復が実感されてくるようになると、信頼も得られて、患者自身に活気が芽生え、精神的に明るさも感じられる。
やがて、感謝されるようになり、互いの人間関係も良好に構築され、こちらも自信のある指示ができる。その指示に従って主体的、自発的にリハビリテーションを進めてもらえる段階となり、達成感に満ちたおめでたい退院となる。これにより、医師も充実感を味わえる。
現在の医療体系では、ゆったりとした入院期間は認められず、当時の手術法は、適応し難いかもしれない。
経験を重ね執刀を許されるようになると、整形外科医は肉体労働である。運動器官の修理屋として、もっぱらハード面の係わりとなってしまう。

一方、リハビリ医は、術後に修繕された道具としての関節を如何に上手に機能的に作働させるか、その技量の習得を目標としている。従って、脳の運動領野は勿論、精神・心理面のサポートを行いながら、中枢での統合的なソフトを作成するのに係わる、より人間的な仕事である。
術後に努力して得られる結果だけに、多少不完全な関節であっても満足され喜んでもらえる。それ故、術者にとっても、これがモチベーションとなり、積極的に手術例が研鑽され、術者の技術も向上する。延いては、次の患者には、よりベターな手術成績となり、満足される患者も増えていく。
このような良き循環が繰り返され、未熟な若造医師が患者によって成長させてもらった古き良き時代が懐かしく想い出される。

しばらくして、日本にも人工関節がとり入れられるようになった。言わば、神から授かった生来の関節が擦り減ってしまった為に、関節というパーツを一気に人類が開発した人工関節に置換してしまう手法である。長年に亘り痛みに悩んできた患者さんにとっては、ありがたい福音であった。
本法は、術後の創痛以後は痛みから開放されてしまうので、リハビリ期間の係わりも少なく、ほとんど自力で活動性が獲得されていく。短期間に期待された結果を実感できるので、迅速性が求められる近代的治療の到来であった。従来の古典的な手術法に比べれば、早期に確実に痛みが消失するので、“どうしてこんなに速く楽になる手術を勧めてくれなかったのか”とお叱りを受ける程であった。
必然的に手術適応は拡大され、術後に患者の活動性は高まる。結果、その中には、術後、数年で人工関節に緩みが生じ、再手術を余儀なくされる場合もある。
そうなると、手術を受けなかった場合よりも、悲惨な結果に至り“何故こんなにも早期に緩んでしまう手術をしたのか”という不満が募り、信頼が崩れ去る事もあった。
迅速性、利便性、快適性が最優先されて、早期の結果を求められる昨今、以前のような長期のリハビリテーションを必要とする手術法の適応は、人工関節とするには若年すぎる場合のつなぎ手術の位置づけになりつつある。

日進月歩、科学をはじめ目覚しい進歩がある。医学も未経験な分野に向って進歩していく。その過程に於いて、不都合な真実に直面する事もある。しかし謙虚に受け止め、そこに至った原因を探究し、時間をかけ一歩ずつ前進する科学者の姿勢が必要である事を学んだ研究医時代であった。
その後、数十年の経過で、人工関節はその種類、手術手技等の改良が重ねられ、それぞれの適応が吟味されて、充分に期待に答えられる長期に安定した手術成績が得られている。その恩恵を受けている患者数も着実に増えている。ここに至る過程には、その蔭に多難な犠牲的な出来事があり、惜しみない努力の結果の賜物である事を忘れてはならない。
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